お知らせ

JCR行動規範の制定について
2005.05.31
JCR行動規範の制定について

2005年5月31日

1.はじめに

世界100余の国・地域の証券監督当局等から構成される「証券監督者国際機構」(略称“IOSCO”)は、昨年12月に「信用格付機関の基本行動規範」(“Code of Conduct Fundamentals for Credit Rating Agencies”、以下「IOSCO規範」と言う。)を公表した。これを受け、今般、(株)日本格付研究所(JCR)では、IOSCO規範に基本的には準拠しつつも、更にそれに当社の考え方やこれまでの運用方法等を採り入れる形で、当社の格付け業務運営の指針・規範となるべき「JCR行動規範」を制定し、5月31日から実施することとした(「JCR行動規範」本文参照)。あわせて、JCR行動規範に即してインターネットを通じた情報開示等の面で一層の充実を図った。以下では、JCR行動規範の制定に至った経緯、その制定の意義、IOSCO規範と比較したJCR行動規範の特徴点などについて述べることとする。

2.JCR行動規範制定の経緯

IOSCOでは、01年の米国エンロン社等の破綻を契機に証券市場の抱える様々な問題について検討を開始したが、そのなかの重要な論点として格付会社の業務活動の在り方が議論の俎上に上ることとなった。IOSCO専門委員会(日本の金融庁を含む先進国・地域の証券監督当局で構成)は、こうした検討の一環として、03年9月に「信用格付機関の活動に関する原則」(“Principles Regarding the Activities of Credit Rating Agencies”、以下「IOSCO原則」と言う。)を公表し、4つの基本原則((i)格付プロセスの品質と誠実性、(ii)独立性と利益相反、(iii)開示と透明性、(iv)秘密情報)の下で、合計18の具体的原則を定めた。その後も、IOSCOでは、関係者との協議を続けたが、その中で上記IOSCO原則は簡略なものであるため、同原則を実施するガイダンスとして、より詳細な行動規範を作成する必要が指摘された。
このような指摘を受けて作成・公表されたのが、IOSCO規範である。従って、IOSCO規範の性格は、あくまで個別の格付会社が行動規範を制定する際にガイダンスとして参照するもので、一字一句その通りの規範の制定が要求される厳格な公的基準ではない。個別の格付会社は、その置かれた法制の相違等、合理的理由がある場合には、これと異なる内容を自社の行動規範に盛り込み、一部修正することも可能とされている。
 JCRでは、上記一連のIOSCOにおける検討にコメント提出等により積極的に関与したが、この過程において格付会社の適正な業務運営に対する市場・当局等関係者の関心やニーズが極めて高いことを実感し、こうした要請に適切に応えるためにJCR行動規範を制定することとした次第である。

3.JCR行動規範制定の意義

JCR行動規範で定めている事項は、客観性、独立性、透明性等を要求される格付会社としては、改めて行動規範という形の成文で定められなくとも、本来自律的に遵守すべきものであり、またそうでなければ長期的に市場からの信認を維持し得ないものとJCRでは受け止めている。これまでも、JCRは、格付会社の行動については銀行等と異なり、監督当局による法的監督下にないため、基本的には自己規律と市場による評価の両面からその適正性を確保すべきものと考えてきた。こうした考え方から、社内規程あるいは社内慣行等の形で、利益相反関係の排除、機密情報の管理等について厳格な運用を定めてきた一方、格付けの視点等に関するペーパーを多数発表し、またホームページの充実にも意を配るなど格付けの透明性の向上にも努めてきた。しかし、こうしたJCRの対応は、外部からみると、その全体像や具体的内容が必ずしも明確になっているとは言い難いし、そうした対応措置が全体として格付け業務の適正性を確保するのに十分なものなのかどうか判断が困難なことは否めない。ちなみに、日本CFO協会が本年初に実施した上場企業の財務担当役員の意識調査によれば、「格付会社は、発行体の機密保持のための手続き及び仕組みを明確化し、遵守すべきである。」との項目について「その通り」とする回答が95%を占めているのにかかわらず、実態がそのようになっていると考えている者は34%に過ぎない。また、「格付会社は発行体との手数料や支払に関する話し合いに、格付けプロセスに直接関係している者を参加させるべきではない。」との項目についても上記両比率は各々75%、27%となっている。このように、格付けされる企業サイドには格付機関の業務運営の適正性について不信感があるのが実情である。このため、「公的な規制機関は、格付会社が長期的に信頼性の高い格付けを恒常的に実施できるかどうかを判断するために基準を設けるべきである。」との見解に56%の回答者が賛意を表している。こうした事情を踏まえれば、今回JCRが行動規範を公表したことは、JCRの格付け業務の運営に関連する規範の全体像を明示的に提示することにより、市場参加者や格付先等のJCRに対する理解を一層深めることに資することが期待される。また、それは同時にこうした第三者がJCR行動規範を踏まえてより具体的に厳しい目でJCRの業務運営の適否を評価することを意味する。JCRにとってはこうした外部の批判に耐えうる適正な業務運営を行うため、JCR行動規範がこれまでにもまして自己規律を働かせるインセンティブとなるものと考えている。

4.JCR行動規範の主要な内容の解説

 JCR行動規範は、以下の6章(全34か条)および実施期日を定める附則から構成されており、当社自体とその従業員(役員を含む。)の双方を対象とし、JCRの格付け業務の運営およびそれに付帯する事項の全般を取り扱っている。

第1章 質の高い格付けプロセスの維持(第1条~第7条)
第2章 格付会社としての独立性の維持と利益相反行為の禁止(第8条~第12条)
第3章 従業員の独立性維持と利益相反行為の禁止(第13条~第17条)
第4章 格付け情報の公開(第18条~第24条)
第5章 機密情報の取り扱い(第25条~第32条)
第6章 本行動規範の公表および市場参加者等の意見等の取り扱い(第33条~第34条)

JCR規範は、上述の通り、IOSCO規範に基本的に準拠する形で定めている(JCR行動規範の個別条文とIOSCO規範、IOSCO原則各々の個別条文との対応関係については、12~13ページの別表参照。)一方、JCRの考え方等に基づいてIOSCO規範の規定内容を更に補足し、または規定の対象から除外した部分等もあるので、これらを含めて、以下、JCR行動規範の主要な内容についてやや敷衍して説明したい。

(1)格付けの種類とJCR行動規範の適用対象
 JCR行動規範は、JCRの行っている格付け業務全般をその適用対象とする。現在、JCRの行っている格付けの種類としては、「長期格付け」(対象は個別債券、債券発行プログラム、保険金支払能力、債務者の包括的な債務返済能力を示す長期優先債務など)、「短期格付け」(対象はCPなど個別の債務、債務者の短期の包括的な債務返済能力を示す短期優先債務など)、「ファンド信用格付け」、「サービサー格付け」があるが、個別の条文においてその旨明示していない限り、これらの格付けを付与する行為についてはJCR行動規範が適用される。また、サービサー格付けは、サービサーのサービシング業務の遂行能力を評価対象としている点で、それ以外の格付け(評価対象は信用力)とやや性格を異にしている面があるが、格付けの客観性、独立性、透明性等が要求される事情は同一であるので、同じくJCR行動規範が適用される。
(2)格付手法の公表
 JCR行動規範はその第1条において、格付けは厳格かつ体系的な手法に従い、利用可能な全ての情報をベースとして行うものと定め、その格付手法は明文化して公表すべきものとしている。この規定に基づき、JCRでは、インターネットのホームページ(http://www.jcr.co.jp)上において公開していた格付手法の解説を今般、更に詳細かつ明確なものとした。
(3)格付けの独立性の確保
 格付けの独立性が確保されるため、JCR行動規範の第2章と第3章において会社レベルと従業員レベルの双方に亘り所要の規定が置かれている。もともと格付けは格付けアナリストのチームが格付先を調査し、その調査結果に基づき複数人から構成される格付委員会の審議により決定される仕組みとなっている。JCR行動規範では、担当アナリストや格付委員の欠格事由を具体的に規定(第14条)することとなったため、個別の格付け案件について一層明確に利益相反関係の排除が図られるようになった。なお、JCRでは、格付業務と利益相反を招くコンサルタント業務等の他業務を行っていないので、IOSCO規範で定めている格付けアナリストのコンサルタント業務等への関与禁止に関する条項を置いていない。同様な理由で、格付先からの収入のうち格付料金収入とその他業務に関連した収入を分別して開示すべき旨のIOSCO規範の規定に対応する条項も置いていない。
(4)証券等取引の制限
 JCRおよびその従業員は、(i)格付け業務と利益の相反する場合(第9条)、(ii)担当する格付先の発行、保証等する証券および同証券に基づく派生商品の場合(第15条)、(iii)格付先に関する機密情報を保有している場合(第28条)は証券および派生商品取引を禁じられる。ただし、分散型の集団投資スキームによる場合および預金保険法の付保対象となる金融債については、利益相反または不正取引の恐れがないと考えられることから、上記条項による禁止の対象から除かれる。JCRでは、本条項の実効性を確保するために、別途、社内規程により、全ての従業員に対して格付先の発行する証券等の取引につき事前の承認を得ることを義務付けている。
(5)格付依頼先の異議に対する対応(第21条関係)
 格付依頼先が付与された格付けに対して異議を申し立てた場合は、JCRでは必要に応じて他の格付けアナリストによる再調査や格付委員会の再審議により対応することとしている。本条項は、格付依頼先が格付け結果にどうしても納得できない場合に、いわば再審査の門を開いておき、格付会社と格付依頼先との間に生じ得る事実誤認や業績見通し等に関する見解の相違を出来うる限り相互のやりとりを通じて解消することを企図したものである。ちなみに、格付依頼先が格付けに対して異議がある場合に格付会社が他の格付けアナリストの再調査により対応することについては、英・米・仏の企業財務者協会が2004年に合同で発表した「公開草案:信用格付プロセス参加者向け標準慣行基準」でも、格付会社にその導入を勧奨しているものである。
(6)非依頼格付けの取り扱い(第23条関係)
 JCRは、従来から格付先の依頼を受けないで格付けする場合は、その格付先の事前の了解を公表の要件としてきており、公表する場合も格付け利用者が依頼格付けと明確に区別できるように格付記号にpの添字を付加することとしてきた。こうした取り扱いは、今後、銀行の自己資本に関する新BIS規制が導入された時において、標準的手法では非依頼格付けの利用が原則禁じられていることに運用面での基礎を与え、格付け利用者の便宜に資するものとなろう。なお、国に対する格付け(いわゆる「ソブリン格付け」)については、通常の格付けと異なり、その国所在の個別企業等を格付けする場合にその前提として格付けの上限(カントリーシーリング)を示す参考情報として機能しているものであることから、従来通り公表に当たっては添字の付加を省略することとした。
(7)機密情報の保護義務等(第25条および第28条関係)
 JCRの従業員は、在職時において格付先の機密情報を保護する義務を負うとともに、保有する機密情報に基づいて証券等取引を行うことを禁じられている。JCR行動規範では、更に、こうした従業員に課する義務・禁止を、従業員の退職後も退職時の契約により引き続き適用する扱いとし、機密情報の適正な取り扱いについて実効性を確保するようにした(IOSCO行動規範では退職後の機密情報の保護義務を定める規定はあるが、証券等取引の禁止規定はない。)。
(8)市場参加者等からの意見等の受付部署(第34条関係)
 JCRは、従来から、情報・研修部において市場参加者および一般からの格付けに関する意見、質問、苦情を受付けてきた。同部に寄せられた意見等は、JCR社内において、経営および格付部門に報告され、必要な対応策を検討・実施する体制となっている。
 (情報・研修部 TEL.03-3544-7013, FAX 03-3544-7026)

5.終わりに

 JCRとしては、今般の行動規範制定は、JCR格付けの信頼性を高め、あわせて市場参加者等からのJCRの業務運営に対する理解を得るのに効果があるものと期待している。今後、格付けは金融市場において益々重要性を増していくと考えられるが、JCRは引き続き適正な格付け業務運営の確保に最大限の努力を傾けていく考えである。なお、格付機関に対して客観性・独立性・透明性等の面で適正な運営を求める市場等のニーズは、将来、金融経済情勢の進展とともに内容的に変化していくことが予想される。JCRがこうした時代の要請に立ち遅れることなく迅速に対応していくために、本行動規範を変更することがあり得ることを付言しておきたい。

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